NHKとN国と私

NHKと私

十年ほど前、引っ越しをした新居でNHKの集金人に居座られたことがある。

当時の私は一人暮らしで、オートロックつきのマンションに住んでいたのだが、集金人は何らかの方法でエントランスを突破してきたのか、突然玄関前に現れた。眼鏡をかけた真面目そうな中年男だった。受信機があるなら契約をしてくれと言われたが、テレビは当時持っていなかったし、車も売ったばかり、とある事情で携帯電話も持っていなかったので、受信設備はカーナビワンセグ含め何も持ってない。が、これを集金人は嘘だと判断したようだった。携帯がないと言ったあたりで、目の色が変わった。

「いまどきあなたのような若い人が携帯電話もないなんて、信じられない。テレビも本当は持ってるんじゃないの?」

そこから先は押し問答である。何も持っていないと説明する私と、本当はあるはずだ、嘘をつくなという集金人。一人暮らしだと分かって高をくくりだしたのか何か変なスイッチが入ってしまったようで、「ここまでされたら俺も引き下がれませんので!」などと言いながらやがて隣室にも聞こえるほどの大声で恫喝をはじめた。ドアを閉めようとすると足を挟んでくるし、ついには「家に入れて隅々まで調べさせろ」とまで言い出したので警察を呼びたかったのだが、そもそも110番をするための電話がないのでそれもできない。

「あなたのような勝手な人間がいるから、負担をしている人が大変困っている。もう裁判起こすから、法廷で言いわけをするように!」

玄関先の口論は三十分くらい続き、そんな捨て台詞を残して集金人は帰っていった。その一件があってから完全に調子を崩してしまい、貴重な休日だったのに何もできずに一日寝て過ごす羽目になった。

後日電話を手に入れて(ワンセグなしのものを選んだ)NHKのコールセンターに苦情の電話を入れたのだが、ここでの対応もひどかった。「集金人は弊社の社員ではないので、個別の対応にはお答えできない」「業者に連絡し、指導をしておきます」。NHKや集金業者から謝罪を書面でよこせと言っても「前例がないのでできない」。「それならもう謝罪はいいので、二度と集金人を家にこさせないで欲しい」と訴えても「システムの都合上それはできない」。住所とステータスを紐付ければいいだけなのになぜできないのか、契約している家には訪問はしていないだろう。「お答えできない」。無力を感じた。

 

N国と私

それから断続的にNHKのことを思い出しては憤ることが続いていたのだが、ある日YouTubeを「NHK 集金」などのワードで検索をすると、ひとりの男性の動画がヒットすることに気づいた。それが立花孝志氏の動画だった。彼は「困ったことがあったら僕に電話をかけてくれ」と携帯電話の番号を公開していて、実際に上記のようなトラブルに介入し集金人を追い返すなどの活動をしていた。

立花氏の威圧的な言動は見ていてちょっと怖かったが、こういう人が求められていることは理解できた。私は揉めた当時まだ二十代で集金人を押し返す気力があったが、例えばこれから老後を迎え、若い集金人に恫喝をされたら押し切られない自信はない。もっと穏やかな性格に生まれていたら、あのときに納得が行かないままハンコをついていた可能性もある。そういう可視化されていない被害者が、日本には恐らくたくさんいる。

立花氏のその後の躍進は周知の通りで、ついには参議院議員にまで上り詰めてしまった。古谷経衡氏などは「日本人の知性の底が抜けてしまったのではないか」などと偉そうなことを言っていたが*1、現場にはこういう名もなき人間の苦しみがあることが全く見えていない。「N国に投票をする人間は馬鹿」というような言説も溢れかえっているが、そういう方々もこういう現実があることをぜひ考えて欲しい。恐怖を感じるような圧迫的な訪問が今日も続いていて、そのときに古谷さんやマツコさんに電話をかけても助けてはくれない。NHK問題なんか触っても何のメリットもないので、既存政党の議員も無視の一手。そんな中、ジョーカーと分かっていても立花氏を頼らざるを得ない人の気持ちは、私には理解できる。

立花氏は長年に渡って現場の弱者を救済する活動を続けていて、選挙でも徹底的にドブ板を展開していた。N国の選挙戦略の見事さもあるのだろうが、そういった現場での活動の集積が、あの一議席のバックボーンとして重く横たわっているのである。

 

NHKとN国

https://www.asahi.com/articles/ASM897367M89UCVL02T.html

昨日NHKは「受信料と公共放送にご理解いただきたいこと」という題で三分ほどの番組を流した。NHKの言い分は、理解できる部分もある(なのでテレビ購入後、現在は契約している)。

例えば私は能と狂言が好きで、月イチでEテレでやっている「古典芸能への招待」は欠かさず見ている(今月は野村万作特集だよ!)。日曜の21時というプライムタイムにこんな番組を流すのは、民放ではまず不可能だろう。スクランブルをかけたり、国営にして税金で運用したりしたら、当然金の使い道は問われるわけでこの辺の多様な番組構成は刈り込まれてしまう可能性が高い。サブスクリプション勃興の時代、好きなもの・見たいものにだけ金を払うという傾向がますます顕著になっていくであろう世の中で、市場原理の外側で巨大なマネーを動かし、マイナーなものを放送して文化的な影響を社会に与えているNHKに高い価値があることは認める。

だが、そこに本当に価値があるのだという合意の形成を、NHKはあまりに怠ってきたのではないか。放送の多様性に価値があるのと同様に「そんなものに価値はない」と突っぱねる多様性にも等しく価値はあるはずだ。NHKはそんな声に真摯に向き合ってきたのか。チンピラ集金人を送り込んで、沈黙をさせてきたのではないか。70年前に成立した放送法を盾に取り、それを現状にアジャストさせるような議論喚起をすることもなく、当時存在すらしなかったスマートフォンに「ワンセグ機能がある」というだけで契約を迫り、今度はネットに接続しているだけで受信料を取るのではないかと言われている。外部業者に汚れ仕事をやらせ、上記のような無茶苦茶な訪問営業をさせながらも誰も責任を取ろうとしない。そうやって集めた巨額なマネーは確かに果実を生みもしたが、同時に濃い影を社会に落とし、その中から現れたのが立花氏やN国なのではないか。

NHKはどうすればいいのか。70年間サボタージュし続けてきた「現代における公共放送の役割は何か」をきちんとオープンに議論し、自己改革を継続していくしかないだろう。事業規模も小さくなるだろうが、それでも多様な放送内容を確保すべく邁進し、信頼を蓄積していくしかないと思う。これまでのようにチンピラ集金人を派遣して、契約しないと裁判をするなどと恫喝しながら弱い人から金を脅し取っていったり、アンドロイドのスマホを買っただけで「受信機を設置した」と強弁し契約を迫ってきたりというめちゃくちゃな運用を続けていく限り、影はどんどん濃くなり、より深刻なものを産み落としていくのではないか。